
図と地の分化とは?
図と地(Figure and ground)とは、デンマークの心理学者であるエドガー・ルビンが明らかにした知覚現象のことです。人はモノを見るときに無意識のうちにまとまりをもったものとして知覚する傾向をもっています。そして、視野の中にふたつの対象が存在するとき、ひとつは形として目に映り、もうひとつはその背景を形成しているように捉えます。ルビンは背景から浮き上がって見える部分を「図」として、その背景を「地」として区別しました。そして図と地が入れ替わることで2通りの見え方をする図形を反転図形と呼び、その代表的な例として「ルビンの杯」(Rubin,1921)を考案しました。「図と地」という言葉を初めて使ったのはルビンであり、これはゲシュタルト心理学やゲシュタルトの法則の重要な概念でもあります。
知覚現象とゲシュタルトのつながり
ここで「図と地」とゲシュタルトのつながりを簡単に整理します。
ゲシュタルト: ドイツ語で「全体」や「形態」を意味する言葉
ゲシュタルト心理学: 人の知覚はモノを見るときに、無意識のうちにひとつの「まとまり」として捉える傾向をもっていると定義する
ゲシュタルトの法則: 「まとまり」の中で似ているものをグループとして捉えたり、左右対称の図形を見出そうとする知覚の傾向や法則がある
プレグナンツの法則: ゲシュタルトの法則の流れをくむ概念のひとつであり、代表的なものに近接の法則、類同の法則、閉合の法則、よい連続の法則などがある
図と地: ゲシュタルトの法則のひとつ
だまし絵のようなルビンの杯
ルビンは「図と地」という現象を「ルビンの杯」という反転図形を考案して解説しました。ルビンの杯は、2つの横顔のシルエットが向き合っているようにも、黒い四角の中央に白い杯が置かれているようにも見える絵です。この絵を見たとき、「2つの顔が向き合っている」ように見えた人は、顔の部分が「図」で、「真ん中の杯に見える部分」を「地 = 背景」として捉えています。逆に「これは杯の絵だ」と知覚した人は、杯の部分が「図」で、顔の部分は背景である「地」だと捉えていることになり、どちらに意識を向けるかで見えてくるものが違ってきます。この現象は「図と地の分化」と呼ばれています。ちなみに面積が小さいほど図になりやすい傾向があり、図として知覚されなかった残りの部分は地としてしか知覚されません。また、自分で視点を切り換えて杯と顔を交互に見ることはできても、2つを同時に見ることも決してできません。
人の知覚と認知の関係
心理学の中には、脳が行う情報処理の過程や知覚システムについて解明を試みる領域があります。たとえば認知心理学では、認知や記憶といった人間の情報処理過程の解明を試みます。知覚については知覚心理学という分野があり、視覚や聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの五感や、内臓感覚や運動感覚、平衡感覚などを扱います。中でも多くの研究が蓄積されているのが視覚です。私たちの目に映るものはすべて 「視る」ことを通して認識されているからです。
一般に、多彩な仕組みを備える人間の視覚は、ほかの生物よりも優れていると言われています。しかし、私たちの目は左右に少し離れた位置にあるため、左右の目に映る網膜の像には実際とはズレが生じるとされています。そうした物理的な構造に加えて、何かモノを見るときにはその人の視点や前後の文脈、とりまく周囲の状況など複数の要因も影響します。このように脳はさまざまな機能を駆使して目に映るものを区別しているので、認知的な負荷の少ない「規則的で安定感があり、シンプルな形」であるプレグナンツの法則のようなものをより見出そうとするのかもしれません。
まとめ
ゲシュタルトの法則のひとつである、図と地についてまとめました。ちなみに心理療法におけるゲシュタルト療法では、クライエントの問題を生じさせている要因を「図」、クライエントの内面のあり方や周囲との関係性を背景である「地」と捉えてカウンセリングを展開します。日常生活でも「図と地」を意識して物事を捉え直してみたり軸足の比重を変えて思考してみることで、新しいアイディアや景色が見えてくるかもしれません。
参考文献
鹿取廣人 (編)・杉本敏夫 (編)・鳥居修晃 (編)・河内十郎 (編) (2020). 『心理学 第5版 補訂版』 東京大学出版
ルビンの壺 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 (最終閲覧日2022年11月30日)
デルタプラス編集部 (2020). 『教養としての心理学101』 デルタプラス
渋谷昌三 (2021). 『決定版 面白いほどよくわかる!心理学の本』 西東社
服部雅史・小島治幸・北神慎司 (2022). 有斐閣ストゥディア『基礎から学ぶ認知心理学 人間の認識の不思議』 有斐閣