
「AIはみんなのものか?」――国際コンサルティング会社のアクセンチュアは今年10月、オランダ・アイントホーフェン市で開催された世界的なデザインイベント「ダッチ・デザイン・ウィーク(DDW)」で、来場者にこのような疑問を投げかけました。同社はDDWでの展示を通じて、インクルーシブなデザインのためのプロセスを解説するとともに、AIを使った具体的なアプリを紹介しました。
インクルーシブなAIアプリとはどのようなものなのでしょうか?そして、それはどのようなプロセスで設計されるのでしょうか?アクセンチュアのデザイン・ストラテジストのTom van Veenさん、インダストリアル・デザイナーのSophie Laudeさん、デジタル・デザイナーのErik Vlemmixさんに話を聞きました。
左からTom van Veenさん、Sophie Laudeさん、Erik Vlemmixさん。
プロ用と一般用のAIアプリ、UIの違いはどこに出る?
DDWで「インクルーシブなデザインとAI」というトピックを選んだ理由について、Tom van Veenさんは説明します。
「AIは多くの人にとってよく分からない、魔法のブラックボックスになっています。開発側でも技術的な観点ばかりが重視されて、ユーザー視点の議論が少なく、使いこなすのも難しい。私たちはこれまでもできるだけ多くの人々のニーズとその能力に対応できるように製品やサービスをデザインしてきたので、それを今ホットなAIアプリに関連付けて、インクルーシブなデザインを示しました」
同社が展示していたのは、ふたつのAIアプリです。ひとつは被災地などに救護物資を運搬・落下するためのドローンを修理・維持するためのサポートアプリ。そしてもうひとつは、自宅などで電動自転車を修理するためのアプリです。どちらも機器を修理・維持するためのインストラクションをユーザーに与えるというものですが、ドローンはプロ仕様、電動自転車は一般ユーザー向けとなっています。
DDWで展示されていたドローンの修理・維持のためのサポートAI。両手が使えるように腕に取り付けるウェアラブルとなっている。(写真:Advantest)
ふたつのアプリをデザインするに当たっては、ユーザーの身体的能力や機器の修理に関する知識や技術、ユーザーが使う言語など、多くのことが考慮されたといいます。
「例えば、プロは技術的な図面を読んだり、複雑なシステムを理解したりするスキルを持っているため、専門的な用語や多少複雑なインターフェースでも問題ありません。彼らは、何度もこれを使うことになるので、アプリを使う訓練も施されます。
一方で、一般向けのAIサポートは、電動自転車の修理に関するユーザーの知識レベルがまちまちであることを前提としており、観察に基づいて問題を特定する手助けをします。用語も簡単でなければなりません。インターフェースもシンプルで直感的。説明書を読まずに操作できることが理想です。また、消費者はこのシステムを一生に1〜2回しか使わないでしょうから、短期間で問題を解決することが目的となります」(Erik Vlemmixさん)
電動自転車の修理サポートアプリの背後にある、AIの仕組みを可視化したパネル。現在は、複数のAIシステムがそれぞれの強みを活かして活用されている。
ユーザーが置かれた状況も考慮されました。ドローン修理用のアプリは、ユーザーが手袋をはめていたり、梯子の上にいたりすることを想定し、腕に付ける専用のウェアラブルデバイスとなっています。音声で質問を送ることができるほか、ヘルメットにつける小型カメラでドローンを撮影し、画像で状況を送ることも可能です。
現場では周囲の音がうるさい可能性も高いため、イントラ クションは音声だけでなく、画面で見たり、タッチパネルでコミュニケーションすることも可能。複数の方法を提供することにより、ユーザーはさまざまな状況やコンテキストでAIアシスタントとやり取りすることができるのです。
一方、電動自転車修理用のアプリは専用デバイスではなく、一般ユーザーが家に持っているラップトップコンピュータで使えるものとなっています。ユーザーの手が油で汚れていることを考慮して、音声でAIに質問を送ったり、ジェスチャーでページをめくったりすることが可能です。
「ものを修理するというスタートポイントは同じですが、ユーザー目線に立つことによって、全く異なる2つの結果が得られました」と、Van Veenさんは述べました。
インクルーシブなデザインのための5原則
DDWでは、これらのAIアプリをデザインする際に使われた方法論とツールも展示されました。アクセンチュアでは、ユーザーの多様性を意識するために、「ダイバーシティ・ホイール」と、それをさらに分析するカードを使っています。
ダイバーシティ・ホイールとは多様性のさまざまな要素を円状に整理して視覚化したもので、1990年代にアメリカで生まれて以来、 複数のモデルが存在します。アクセンチュアの工業デザイン部門では、年齢や民族といった個人が生まれ持つ内的要素と、学歴や居住地など個人の選択や周囲の環境で変化する外的要素を整理した独自のダイバーシティ・ホイールを使っているほか、多様性の各要素についてさらに細かく分析するためのカードも作られました。
「ダイバーシティというと性別や民族、年齢を思い浮かべますが、それだけではありません。身体的能力や認知能力、知識、言語、収入など、それは広範囲に及びます。これらのツールは、多様性に対する認識を広げ、さまざまな視点を特定する助けになります」と、Sophie Laudeさんは説明します。
アクセンチュアの工業デザイン部門によるダイバーシティ・ホイールを紹介したDDWの展示。多様性の各要素が円状に整理されている。ここでは、歯ブラシなどの製品のオブジェを円の真ん中に置くと、あるユーザーのシナリオが画面に現れるようになっている。
Laudeさんによれば、これらのツールを使いながら、インクルーシブなデザインのために、プロセス全体を通じて念頭におくべき5つの原則があります。
「ひとつ目は、排除を認識すること、ふたつ目は状況的な課題を特定すること、3つ目は製品やサービスとの様々な関わり方を提供すること、4つ目はすべてのユーザーに同等の経験を提供すること、そして最後は個人的なバイアスを避けることです」(Laudeさん)
この5原則に加えてアクセンチュアで重視しているのは、チーム内の多様性です。リサーチ担当や工業デザイナー、エンジニア、電気工学の開発者など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が集まっています。多くの視点が集まれば、バイアスを避けることに役立ちます。
また、最初のユーザー調査から始まり、早い段階でプロトタイプを作り、テストを繰り返すことも重要だといいます。「デザイナーは自分の観点から設計してしまいがちですが、テストをすることでユーザーの視点から問題を見ることができます。デジタルデザインの場合は、テストをしながら設計を修正することができるから、その点は工業デザインよりもやりやすいですね」(Vlemmixさん)
ダイバーシティ・ホイールにある要素をさらに詳しく分析するためのカード。ピンクのカードは年齢、性的指向、認識能力など個人が生まれ持った内的要素、紫のカードは教育資格、居住地など、個人の選択や周囲の環境によって変化する外的要素を示す。
AIアプリに注力、専用スタジオもオープン
DDWで展示された2つのAIアプリは、アクセンチュアにとってはじめてAIを活用した実験的なケースとなりました。そこで得た知見は、今後ほかの分野のプロジェクトにも応用される見通しです。
「例えば、手でキーボードに打ち込むことなくAIとコミュニケーションする方法は、自動車を運転中に使用するAIアプリにも応用できるでしょう。医療分野でも同じような機会があると思います。患者に対して処置を行う場合、滅菌された手袋を着用している医療従事者にとって、文字を入力せずにシステムと対話する方法は、興味深い解決策となるかもしれません」(Vlemmixさん)
アクセンチュアは今後、AIアプリの開発に注力していく方針で、オランダ・アイントホーフェンのオフィスでは 、11月14日に「Gen AI Studio」がオープンしたばかりです。ここでは、顧客向けにAIソリューションのデモンストレーションを行います。
アイントホーフェンのオフィス内にオープンした「Gen AI Studio」の看板(写真:Accenture)
「アイントホーフェンのGen AI Studioでは現在、修理・メンテナンスをサポートするアプリのほかに、さまざまな物理的なコンテキストでのコンピュータビジョンの活用を探っています。それは例えば、工場内の品質管理や、物理的な空間で人々がどのように相互作用するかを最適化したりするのに使われます」(Van Veenさん)
同社はすでに、米国、イタリア、フランス、アイルランド、オーストラリアなどで同スタジオをオープンしました。それぞれ異なるテーマに焦点を当てていますが、アイントホーフェンでは主に 、製造業や輸送、エネルギー、物流などの産業部門に焦点を当てています。
AIソリューションを実際に身体を使いながら試すことのできるスタジオにより、ユーザー目線を取り入れた設計プロセスがさらに促進する見通しです。
AIはスタンダードのない世界
新しい技術としてのAIは計り知れない可能性を秘めていますが、多くの顧客がその活用やAIとのコミュニケーションを模索している段階です。
「スマホなどのアプリケーション・デザインでは、多くの要素がすでに標準化されており、プロトタイプを作ってテストを行い、科学的なデータに基づいて最適化するというプロセスが一般的になっていますが、AI分野にはまだスタンダードがありません。創造性を発揮し、新しい発見をする余地が多く残されていると思います。それがこの分野の良さでもあるのではないでしょうか」(Vlemmixさん)
DDWで展示されたドローン修理用のAIアプリケーション(写真:Accenture)
最後に、未開の分野に果敢に挑戦するクリエイターの3人に、創造性を発揮するためのティップスを伺いました。
「大事なのは、問題の核心をしっかり把握することです。それができれば、問題をどう解決できるのかをじっくりと探求することができます。まず解決しようとしている問題を明確にすることが、私にとってイノベーションの基本です」(Laudeさん)
「その次に大事なのは、とにかくやってみること(笑)。理論をあれこれ考えるより、デザインして、作って、何が機能するのかしないのかを見極めるべきです。特に、行き詰まったときこそ何 かを作り続けること。そうすることで、次のステップに進めると感じています」(Vlemmixさん)
「それに加えて、多様な専門家が集まり、協力することが大切です。私たちはアクセンチュアという大企業の一部で、緊密に連携しながら仕事をしています。小規模なチームや個人では達成できない成果を上げることができます」(Van Veenさん)
多様性を活かしながら、AI技術をユーザーのニーズに寄り添う形で活用するアクセンチュアの取り組みで、この先もAIアプリのデザインはさらにインクルーシブに進化することが期待されます。
フリーランスライター。日本、中国、マレーシア、シンガポールで主にライター・編集者として活動した後、2004年よりオランダ在住。同国の生活・教育・イノベーション・デザインを雑誌やオンラインメディア、ラジオなどで紹介するほか、オランダと日本を結ぶさまざまな活動を手がける。著書に『週末は、Niksen。』(大和出版)。
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