
「Meta」でプロダクトデザイナーとして7年間務めたのち、現在は自動運転技術の開発を行う「Applied Intuition」にてデザインマネージャーとして働くRıza Selçuk Saydamさんに、T型デザイナーとしての自身のキャリアについて伺いました。
インド農村部でのフィールドワークから生まれたMessengerの機能
驚くほどボトムアップなMetaのカルチャー
デザイナーがプロダクトの収益に関する視点を持つこと
など、興味深いご経験とご自身の視点についてお話しいただいています。
自動運転技術の開発を行う「Applied Intuition」のプロダクトデザインマネージャー。前職ではMetaのMessengerのグロースと収益化を担当するチームにてデザイナー、後にマネージャーとして働く。大学時代、数学を専攻する傍らIT系企業からデザインとエンジニアリングの仕事を引き受けるようになったことがきっかけでプロダクト開発やデザインの世界に。
7年間のMetaでの経験をもとに、自動運転技術で社会に価値を届ける
―― Metaでデザイナーとして7年間働いたのち転職されていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
いわゆるBig Tech企業と呼ばれるMetaでは、たくさんのことを学びました。そこから飛び出すことには少しリスクも感じたのですが、新たなエリアでさらに学びを深めたいという気持ちが強くなり、スタートアップ企業への転職を検討していました。中でも、自動運転技術の社会的な価値と将来性に魅力を感じ、Applied Intuitionへ転職しました。
Applied Intuitionは、自動運転車を開発する企業向けにハードウェアやソフトウェアを開発、販売するテクノロジー企業です。自家用車のみならず農業や炭鉱、さらには防衛技術など、現在人が運転している乗り物全てが自動運転になる世界を目指して事業に取り組んでいます。世の中の車が全て自動運転車になれば、渋滞や交通事故といったたくさんの社会問題を解決することができるといった点に魅力を感じています。
Applied Intuitionによる自動運転技術のコンセプト動画
―― Applied Intuitionは事業面ではMetaと全く異なる分野になりますが、デザイナーとして難しさは感じましたか?
Product Intuitionという観点で大きな違いを感じました。Messengerなどのメッセージアプリは、ユーザーとしても自身がよく利用するプロダクトなので、感覚的に物事の良し悪しがわかります。自動運転の分野については、自身のProduct Intuitionが限られているため、感覚的な判断をすることができないのです。一方で、自分の経験や直感を別として、ユーザーの問題解決に集中することができるのは利点でもありますね。Applied Intuitionでは日々のユーザーとの対話を通してユーザーの課題解決に取り組んでいます。
Product Intuitionとは?
開発しているプロダクトや類似プロダクトの利用経験に基づいて、機能や体験の良し悪しを判断できる直感のこと。
正しい指標を設定することを重視するMetaのプロダクト開発
―― Metaではどのような分野のデザインを担当されていたのですか?
初めはMessengerのグロースを担当するチームの一人目のデザイナーとして働き始めました。
Messengerの利用ユーザー数拡大に取り組み、そこで利用ユーザー数を4億人から15億人へと拡大することに成功したのち、チームはMessengerの収益化、そしてWhatsAppとInstagram上でのビジネス用途のメッセージ機能にも取り組むようになり、私はそこでマネージャーを務めました。これらのビジネス用のコミュニケーション分野は、企業とユーザーを繋ぐことで年間100億ドルもの収益を生み出しています。
―― Messengerではどのようなプロセスでプロダクトを成長させていくのでしょうか?
MetaのようなBig Tech企業ではメトリクスやリサーチ、テスト結果を見ながら、システマティックにプロダクトを成長させていくことが求められます。ゼロからアイデアを考えることも大切ですが、データに基づいたロジカルなプロダクト戦略策定が基本となります。
具体的には、アメリカのみならずさまざまな国を対象にユーザーの課題を観察し、プロトタイピングにより仮説を検証、少しずつブラッシュアップしていくようなプロセスでプロジェクトが進みます。そして仮説検証の中では正しい指標を追 うことがとても重視されます。
例えば、「ユーザー数」という指標を短期的に追うと、スパム的なメッセージでユーザーを呼び込むなどの、短絡的な課題解決策の実行につながることがあります。このように集めたユーザーが長期的な視点でMessengerにとって有益になるとは限りません。
また、「Messengerを使用する」というユーザー行動の定義も、「メッセージの送信」として定義してしまってはいけません。なぜなら、ユーザーは「メッセージの返信」を受け取ることができて初めてアプリの提供価値である”コミュニケーション”を体験することになるからです。そのためMessengerでは、一週間あたりの、「アプリを立ち上げ、メッセージを送り、返信を受け取り、再度返信をした」ユーザーの数という、とても詳細な定義に基づいたメトリクスを追っていました。
指標を正しく設定することは、デザインを正しい方向に導くために極めて重要なステップとなります。
―― そのようなメトリクスをどのようにプロダクトデザインに活用するのですか?
例えば、私が担当したデザインの一つにMessenger上のオンラインステータスの表示があります。今ではお馴染みとなった緑色の丸ですね。
例えば、このような機能はメッセージの往復という指標を追っていたからこそ実現できたものです。「どうすれば一方通行のメッセージ送信で終わらず、ユーザー間のコミュニケーションが始まるのか?」という正しい課題定義ができていたことで、Messengerを使用している友達のオンラインステータス表示というデザインの提供に繋がりました。仮に私たちが設定した指標が単なる「メッセージの送信数」だったとしたら、ユーザーが誰にメッセージを送るかという点まで考慮したデザイン施策にはつながらなかったと思います。
正しく指標を設定したことで、「メッセージを送信する相手がオンラインであって初めてメッセージが会話へと変化していく」という点に着目できたのです。
インド農村部でのフィールドワークから生まれたMessengerのアカウント切り替え機能
―― アメリカ以外の地域でもユーザーの課題をリサーチしていると仰っていましたが、ローカルなユーザーの課題解決からビジネスインパクトを生み出した例としてはどのようなものがありましたか?
インドで行ったエスノグラフィックな調査は良い例だと思います。Messengerチームとしてインドに赴いて、農村部のMessengerユーザーの利用体験を観察したことがありました。アメリカや日本では、自分のスマートフォンで自分のMessengerアプリを使うという体験が当たり前だと思います。しかしインド農村部での調査では、経済的な理由もあって、多くのユーザーが家族で一台のスマートフォンを共有しており、複数人が同じアカウントでMessengerアプリを使用していることがわかりました。しかし、これだと誰にメッセージが届いたのかがわからないなどユーザビリティ上の不都合があったのです。
これらのインサイトを元に、Messengerおよびインドなどの地域で使われている軽量版アプリのMessenger Liteにアカウント切り替え機能を追加しました。
―― Messengerにそのような機能があるとは知りませんでした
はい、機能自体は日本のユーザーにも提供されていますが、機能を利用するであろうメインターゲットの地域ではないため、日本やアメリカでは特に機能を訴求していないのです。
一方で、インド農村部と同じような課題を抱えていることがわかった地域のユーザーにはこの機能の利用をおすすめしており、一見日本のユーザーから見ると重要性が低そうなこの機能は、2 - 3億の新たな月間アクティブユーザーの創出に寄与しているのです。
―― グローバルなスケールでのビジネスならではの課題解決の視点ですね。
デザイナーは”収益化”という視点を持ってプロダクトデザインに取り組むべき?
―― Messengerのデザインチームはかなり収益化というゴールを意識して機能開発を行われていたようですね。日本ではPdMとデザイナーの仕事が分業化されていることが多く、デザイナーが収益化を意識してプロダクトデザインをするケースはまだ少ないように思います。
誰かがお金を払って使うプロダクトをデザインする以上、デザイナーはそのプロダクトや機能がどのように収益につながるのかという視点を持つ責任があると思います。
―― デザイナーとして収益化を考えられるようになるためには、どのようなことを意識すると良いでしょうか?
これは個人的な意見かつちょっと意外かもしれませんが、収益化というトピックは、デザイ ンやエンジニアリングといった他の分野と比べて格段にシンプルだと思っています。
なぜかというと、結局のところ収益とは価値提供の対価だからです。良い価値を提供すればお金が入ってくるし、価値を提供できなければ入ってきません。収益を意識しながらプロダクトに携わると、驚くほどわかりやすい形でこの違いを感じると思います。ユーザーに価値を提供するというデザイナー的な視点は、実はそのまま収益に直結するのです。収益化と聞くと、何か後ろめたいトピックであるような印象を受けるデザイナーもいますが、収益化というのはユーザーを欺いてお金を奪うような手法ではなく、単に良いものを提供すれば良いというシンプルな論理に基づいて考えれば良いだけなのです。
ーー BtoCプロダクトであったMessengerと比べて、現在のApplied IntuitionはBtoB分野になりますが、その点で収益化を考える上での違いはありますか?
今の仕事におけるクライアントは大きな自動車メーカーなどですが、クライアントの課題をヒアリングし、それを解決する。本当に課題が解決できるのであれば、クライアントは喜んでお金を払い続けてくれます。誰かの課題を解決して対価を得るというロジックは今の仕事でも同じです。
ただし、BtoBとはいえ私たちはプロダクトを販売する企業です。一つのクライアントの課題だけをピンポイントで解決するのではなく、 複数のクライアントが抱える”共通の課題”を抽出してプロダクトデザインを行う必要がある点には気をつけています。
自分が作ったプロトタイプがある日突然マーク・ザッカーバーグのプレゼンに登場
―― Metaで印象に残った忘れられない経験はありますか?
Metaに入社した頃は、Big Tech企業には上層部の人たちが考えた緻密な計画があり、自分はそれに沿って働いてくのだろうと思っていました。今でも印象に残っているのは、この考えを意外な形で覆されたエピソードでした。
入社してから1年ほどした頃に、FacebookとMessengerの統合を改善するアイデアを思いつきました。そこで私は、Origami Studioを使ったプロトタイプを作り、動作を録画したものを当時のマネージャーに送りました。
単にアイデアの共有として送ったものだったので何か反応を期待していたわけでもありませんでした。マネージャーからも特に返信もなく数日が過ぎた頃……
全社ミーティングでCEOのマーク・ザッカーバーグがロードマップを発表していた時です。ミーティングでは開発予定の機能を一つずつ社内向けに説明していくのですが、突然プレゼンテーションの画面に表示されたのが、数日前に私が作ったプロトタイプだったのです。
私が一社員として提案した機能に経営層が目を通し、ロードマップに取り入れてくれていたのです。Metaは驚くほどボトムアップな企業文化を持っていました。
T型デザイナー人材が求められるシリコンバレー
―― Metaのような企業で働きたいと考えるデザイナーにアドバイスはありますか?
T型デザイナーを目指すことが他のデザイナーとの差別化につながると思います。私の場合はエンジニアリングの経験があったことなどから、無意識の間にT型デザイナーとしての道を進んでいたという部分はあります。
T型デザイナーとは、一つの専門分野の知識に加えて、広い周辺分野の知見を持つデザイナーのことを指します。UI/UXが得意なのであれば、システムアーキテクチャーやエンジニアリング、プロダクトマネージメントなど、他の分野の知識をつけるよう意識すると良いと思います。例えば、それぞれの分野の勉強に数ヶ月ずつ時間を割くなども有効なのではないでしょうか?
私の場合は、エンジニアリングのバックグラウンドがあったり、数学専攻であったことからデータ分析が得意といった点が自身のデザイナーとしてのキャリアの中でとても役に立ちました。
しかしT型デザイナーになるための重要なポイントは、周辺分野の知識の広さだけではなく、しっかりとした専門分野の深さがあることです。広い分野の知見はさまざまな仕事に役立ちますが、実際にキャリアを切り開くのは専門分野の深さだと思います。さまざまな分野を学んだ上で、一つの分野のスキルセットを最大限に深めるというのは欠かせないと思います。
―― シリコンバレーにはT型デザイナーが多いのでしょうか?
数の面ではそうでもないと思います。最近はシリコンバレーでもデザインブートキャンプが増えていて、短期間で身につけたスキルセットでデザイナーとしてのキャリアをスタートさせるケースは多いです。ただし、やはりブートキャンプだけの経験では、企業の採用面接は通 過できないというのが現状です。
デザインは課題解決。課題の解像度を上げるためにデータ分析力はデザイナーにとって大きな武器となる
―― 他にデザインの未来についてコメントはありますか?
デザイナーはユーザーのためにデザインする、つまりユーザーの課題を解決するということ、これだけに集中すれば良いと思っています。実際のところ、これができるのであれば収益や指標といったものは後からついてきます。そういった意味で、私たちには作ることにフォーカスした「デザイナー」という名前よりも「課題解決者」の方がしっくりくるかもしれません。
そのほか、個人的に考えていることとしては、デザイナーはデータを見る力をつけるともっと活躍できるということです。つまり、「デザイン vs ビジネス」のような考え方は捨てる必要があります。売上などのビジネス指標は、デザインと対立するものではなく、デザインにヒントを与えてくれるものです。なぜなら、デザイナーが作った価値の良し悪しがビジネス指標として現れるからです。
しかし、多くのビジネス担当者は問題の解決方法を知らないし、多くのデザイナーは自分のデザイン が問題を解決できたのかを知らないといったケースがほとんどです。だからこそ、この2つの領域に強みを持つことはデザイナーにとって大きな武器になると思います。
―― 自身の国を出て、シリコンバレーのような地で活躍するために何かアドバイスはありますか?
こちらで仕事をしてみて思うのは、多くのデザイナーは自分を過小評価しすぎということです。多くのデザイナーがBig Tech企業で働くデザイナーと比べて遜色のないスキルセットを持っています。ただ一つの問題は、そのことを本人が知らないということです。海外のデザイナーとのレベルを相対的に評価することが大切です。そのためには、オンラインで良いので国際的なデザインコミュニティに参加することも有効だと思います。
―― 本日はとても素敵なお話をありがとうございました!
フリーランスのデジタルプロダクトデザイナーです。UI/UXデザイナーおよびデザインコンサルタントとして、日本国内外のクライアントと共に仕事をしてきました。化粧品、ファッション、旅行、自動車メーカー、不動産、ECサイト、エンタメ、動画配信サービスなど、さまざまな業界での経験があります。
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