
進化の速いデジタルプロダクト領域のCDOのキャリアを深掘りします。
今回はケーキ職人からデザインの道へ、そして現在は株式会社プレイドでCDOという異色のキャリアを切り拓いた鈴木健一さんに、これまでのキャリア変遷とキャリア形成のヒントを伺いました。
デザイナーの方はもちろん、これからデザイナーを目指したい方もこの記事を読んでご自身のキャリアの参考にしてみてはいかがでしょうか?
株式会社プレイド CDO(Chief Design Officer) マークアップエンジニアや制作会社でWebデザイナー/ディレクターを経験した後、2014年にアプリやサービスのUXデザインを専門に行う株式会社スタンダードを設立。2018年よりプレイドに入社し、UIデザインなどを担当。2019年7月より同社のCDOに就任。
組織と人に向き合うことで見つけたCDOの役割
―― 現在はCDOとしてどのようなお仕事をされていますか?
CX(顧客体験)プ ラットフォーム「KARTE」などのプロダクトを通して企業の顧客体験向上を支援する株式会社プレイドにて、デザイン部門のマネジメントを担っています。加えて、新たなプロダクトの開発を行う部門でプロダクトデザイナーとしても動いています。
―― プレイングマネージャーなんですね。新規では具体的にどのようなものを作っていますか?
ざっくり言うと既存プロダクト「KARTE」の分析機能の基盤を活かして、僕たちみたいなプロダクト開発チーム向けに提供するサービス「Wicle(ウィクル)」を作っています。UIデザイン以外だと配布用のチラシなんかも含めて作っています。
―― CDOとデザイン部門の長との違いはどこにあるのでしょうか?
プレイドの場合は自分が兼任しているので、普段はどちらの仕事なのかあまり意識していないですね。その上で、デザイン部門の長として動いている時はデザイナーのマネジメントをする視点が強めになり、CDOとして動いている時はデザインというスキルをどう事業成長に活用していくか、そのためにどういう取り組みをするかを考える視点が強くなると思っています。
―― 世の中的にCDOというポジション自体が非常に少ない中でどのように役割や立ち回りを見つけましたか?
社内の組織課題を起点にして、デザインの活動はこうしたほうが良いんじゃないかなと考えることが多かったですね。まずは内側の課題を把握した上で、世の中でデザインがどのように事業貢献しているかの事例や、他社のCDOの方々が発信している情報についてもキャッチアップして「こういう領域にコミットしてるんだな」っていうのを踏まえて「じゃあ自社の課題に対してこの枠組みを社内に入れたらどういうチームでやるのが良いんだろ う」みたいなことを考える感じです。
同じポジションの方だからというだけでなく、自分もこういう人と働きたい、上司や同僚だったらすごく楽しく仕事できそうだなと思うような人間的魅力がある方の取り組みが特に印象に残っているなと思います。
―― CDOをやっていて一番大変なことは何ですか?
メンバーとの関係性をどうつくるか、関係性を踏まえてどう動くかというところが一番大変かもしれません。開発チームのデザイナー以外のメンバーやビジネスメンバーとコミュニケーションする上でどう関わるのが良いのかが一番大きな課題です。
ここはまだ乗り越えられてないですが、一番楽しめるようなコミュニケーションの形を見つけることができればもっと楽しく働けるし、楽しく働ければより良いものを作れる。事業成長にもきっと繋がると思っているので、どういうコミュニケーションがベストなのかを日々考えながらやっています。
―― CDOというポジションはデザイナーとしてはキャリアの頂上とも考えられますが、鈴木さんご自身はこの先のことをどのように考えていますか?
2つの意味で横に広げることを考えています。1つはデザイナーとして関わる領域の幅、プロダクトマネジメントや実装など の隣接領域への拡張。もう1つは組織的にデザインを活用する領域を拡張していくことです。
プレイヤーとしてもマネージャーとしてもまだやれることがあるなと思っています。それから、例えばカスタマーサクセスなど会社組織内の全然違う領域にデザインスキルを持って入っていける可能性もあるなと考えています。
ケーキ職人からデザイナーへ
鈴木さんのキャリア変遷
2004年まで地元でケーキ職人
2004年から株式会社イマジカデジタルスケープでマークアップエンジニア
2006年から株式会社エフアイシーシーにてWebデザイナー、ディレクター、アートディレクターを担当
2014年からUIデザインを専門とする株式会社スタンダードを創業
2018年から株式会社プレイドへ。2019年に同社CDOに就任。
―― キャリアの出発点にある「ケーキ職人」がとても印象的ですが、そこからなぜデザインの道に進んだのですか?
ケーキ職人として働く前に、そもそもデザイン自体には興味があったんです。高校時代から写真が好きで、撮った写真をサイトで公開してる人を見て「自分もやってみたい」と思うようになり。勉強していると、綺麗なタイポグラフィと写真をあわせ た広告に目を奪われるようになって、ぼんやりと「こういうものを作る仕事をしたいな」と憧れを持つようになりました。
その時はすごく狭き門だなと感じて諦めたのですが、その後ケーキ屋で働いている時にWebサイトやパンフレットを作るようになって、やっているうちにやっぱりデザインの仕事を本職にしたいなと思い、諦めきれずになんとか潜り込めないか調べていました。
―― デザインへの気持ちの方がケーキづくりよりも先にあったんですね。その後実際にデザインの方にはどうやってシフトしましたか?
雑誌やネットでWeb制作を学びながら、派遣会社からHTMLマークアップやCSSコーディングの業務ができる会社を紹介してもらいました。当初はマークアップエンジニアとして派遣されたのですが、ディレクターの方が僕がデザインにも取り組んでいると知ってくれていて、デザイナーとしてアサインしてもらえるようになったんです。そのうち正社員にならないかというお話をいただき、最終的にWebデザイナーとして働くようになりました。
―― 当時YouTubeやオンライン学習も普及していない中での独学はかなり難しかったのではと思いますが、情報源は本当に雑誌やネットの情報だけだったのですか?
本当にそれだけです(笑)
雑誌の「Web Designing」にサンプルコードとかあったじゃないですか。それを使って「こうすると、本当にこうなるんだ」っていうのを確かめたり、わからないことはネットで検索したりしてましたね。
チャンスを作り出した飽くなき探究心
―― エフアイシーシーにはどのようなきっかけで入られたのですか?
エフアイシーシーのことは元々、自分がWebデザインを学ぶ上で参考にしていたサイトを作っているような、すごい人が所属している会社として知っていました。
当時僕はGoogleマップのAPIを使って何かできないかと、個人でランチのお店を登録できるようなサービスを作っていました。それをエフアイシーシーの人が見ていてくれて「ちょっと情報交換しませんか?」とメールをくれたんです。憧れの人が所属している会社でしたし、せっかくの機会なので「面接してもらえませんか」とお願いし、それが通る形で実際に入社することになりました。
―― 探究心がチャンス自体を作り出していますね。その後そういった熱量はどうなっていきましたか?
入社当初はいわゆるコーポレートサイトをたくさん作っていているようなWeb制作会社で、グラフィックデザインを強みにしていたのですが、途中からマーケティングを強みとする路線に切り替わりました。そのような会社の方向転換に自分の興味も良い意味で影響されていきました。
当時の社長がすごく勉強熱心な人で、学んできた新しい概念を社員に嬉しそうに話すんです。それを見ていて「この人はデザイナー出身なのにビジネスの概念やマーケティングの知識を獲得して施策提案につなげていてすごいな」と思って。自分もそういう仕事の仕方をしたいと思うようになりましたね。
やったことがないからこそ、やる
―― 30歳の時に設立したスタンダード社はどのような会社でしたか?
当時UIデザインを専門にする会社も出てきていたので、それを見てこういう会社も一定増えていくんだろうなと思ったのがきっかけでした。
それまではデザインする対象としてマーケティングとブランディングを目的としたタッチポイントに関わってきていたけど、使うことそのものを目的としたモバイルアプリやWebサービスのデザイン経験はあまりなかったので、もっとそちら側もやってみたいと思って設立しました。
エフアイシーシーで自社プロダクトを出していたのが転機で、そのユーザーだった 人と共同創業しました。
―― え、ユーザーさんと共同創業したんですか!?
そうなんです(笑)
「JAYPEG」というデザイナーが作ったものを投稿するプロダクトで、積極的に作品投稿やコミュニケーションをしてくれていたんですよね。
彼も自分も新たな領域を学習しながら仕事につなげていくタイプで、それ以降に参加してくれたメンバーも学習欲の高い5人が集まったという感じでした。
―― スタンダード社での、今だから言える失敗談があれば教えてください
デザインプロセスに固執していたなと思っていて、当時「リーン・スタートアップ」の考え方が注目され始めていた中で「MVP(Minimum Viable Product)を使って検証する」とか、「こういう進め方であるべきだ」みたいな思いが強くあり、クライアントが抱えてる事情とか進める上で必要な組織の中の力関係とか、競合の状況なんかをあまり考慮できないまま進めようとしてしまっていたシーンがあったなと今では感じています。
当時、経験があまり無い中でも学んだことを記事として発信していて、そこに載せていたプロセスに魅力を感じて依頼してくださったクライアントもいたのですが、進めてい くうちに社内のプロセスと合わなくなってトラブルにつながってしまうこともありましたね。そこから軌道修正できたプロジェクトもあれば、途中で終了となったプロジェクトもありました。
―― どのような経緯でプレイドに入ったのですか?
プレイドは元々スタンダードのクライアントで、当時はまだ20人いかないくらいの規模だったと思います。実はその頃から何度かお声がけをいただいていたのですが、自分の会社もあるしということでお断りしていたんです。
その後スタンダードは形態を変えて、メンバーがそれぞれフリーランス的な形で動くようにしたタイミングがあり、その時プレイドから改めてお声がけいただいて入社を決めました。
それまで事業会社に所属したこともなかったですし、インハウスデザイナーとして関わりたいなと思って。
スタンダードとしての活動はそれ以降も兼任していたのですが、当初思っていたほどに会社として支えられる部分が多くないと感じるようになり、2019年に解散することにしたんです。
―― 入社後どのような変化がありましたか?
取り組みの時間軸が長くなったのと、変数が増えたっていうのもあると思い ます。
時間軸でいうとクライアントワークとしてデザインに取り組んでいた時はいわゆる納品があってそこでプロジェクトとしては終わりだったのですが、実際には作ったものを使って運用するフェーズがある。「終わり」が無くなると同時に結果や課題などが新たな変数として出てくる。そこに向き合い続ける中で事業成長に伴走するとはこういうことかと実感するようになりましたね。
激動のキャリア変遷の中でも変わらないもの
―― 毎回全然違う領域に飛び移るようなキャリア変遷でしたが、そんな中今振り返ってもブレていない判断軸はありますか?
納得感と貢献感ですね。毎回色々 なことを考える中でも、自分自身が納得できているかどうかと、人の役に立てる選択になっているかどうかはいつも判断軸としてあったなと思います。
―― 環境や立場が変わっても一貫して興味や探究心が原動力になっていますよね。今後も興味ドリブンでの仕事を続けると思いますか?
興味を注ぐ対象の比率は変わるかもしれませんが、興味があることへの取り組みはゼロにはならないし、しない方がいいと思っています。そこがゼロになると「やる意味あるのかな」みたいな疑問が浮かんでしまい、仕事の進め方や成果に影響すると思うんですよね。 せっかくやるんだったら前のめりにできる意味を見つけながら取り組みたいです。
現状はプレイドで提供しているプロダクト自体にデザイナーのやっていることそのものと共通している部分が多く、共感もしているので、前提としてこれを伸ばすためだったら基本的にどこをやっても良いなと思えています。
―― 過去の自分にアドバイスするとしたらどのようなことを伝えますか?
エフアイシーシー時代の自分に「実装を諦めるな」、学生時代の自分に「数学を諦めるな」と伝えたいです。
起業して以降は特にモバイルアプリの案件が多くなったので、そこからはコードを書いていないんですよ。でもやっぱり今、生産性を上げていくためにはどうあるべきかなどに考えが及ばなかったりするので、デザインエンジニアの方々が持つ専門性には及ばないかもしれませんが、ある程度のことまではデザイナーができることで突破しやすくなるシーンもあるんだろうなと思っています。
数学に関しては、シンプルに数字が苦手なのになぜか今データの会社にいて日々困っているので、得意になれていたら良いなと(笑)
―― 過去の自分に対してのメッセージにも一貫して学習欲が出ていますね…!
「好き」を組み合わせてユニークなキャリア形成を
―― 今後世の中の時流としてデザイナーのキャリアはどうなっていくと思いますか?
今でも充分複雑だと思いますが、より複雑になっていくと思います。まずデザイナーへの入り口が多様になってきたというところと、入った先の会社や扱うものの性質も複雑化しているなと。
デザインを深く勉強して入ってくるのか、もともと営業など全く違うことをしていたところからのキャリアチェンジなのか。入った後もクライアントワークの制作やコンサルティングなのか事業会社なのか。事業の中でも生活者向けなのか仕事で使われるプロダクトなのか、さらにそこからマーケティングみたいな横串の役割もあったりして…と、今でも複雑ですがここからさらに複雑化していくと思います。
―― 確かに業界全体が進化する過程でデザイナーが必要とされるシーンやスキルセットも細分化してきていますよね。そんな中で今後デザイナーはキャリア形成とどう向き合えば良いと思いますか?
「その人がそれまでにやってきたことを活かす」がまず第一にあると思っています。やってきたデザインもそうですし、それ以外にやってきたことだったり、嗜好性だったり、根源的な「好き」を組み合わせて活かせるデザイナーの領域ってあると思うんです。そうしたものを見つけられると会社の中でも特にユニークな存在としてキャリアを重ねていくこともできると思いますね。
―― ありがとうございました!