インタビュー

情報発信のハードルが高いと感じるデザイナーには、「今の自分をプロトタイプで表現する」と考えてほしい

最終更新日:2025.04.03
情報発信のハードルが高いと感じるデザイナーには、「今の自分をプロトタイプで表現する」と考えてほしい

活発に情報発信をする企業として知られる株式会社マネーフォワード。当初は「採用」のための認知を目的に始まったnoteでの発信は、「今ではデザイナーの暗黙知を形式知化する取り組みへと発展している」とCDOの伊藤セルジオ大輔さんは話します。KPIを設けずにメンバーの自由な発信を大切にしていることや情報発信を始めるときのアドバイスについて、伊藤さんに聞きました。

今回お話を聞いたデザイナーさん
伊藤セルジオ大輔さん

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO。2003年にフリービット株式会社に入社し、CEO室にて広報、ブランディング、事業戦略などを担当。2006年に同社を退社し渡米。ニューヨークにてアートを学び、フリーランスデザイナーとなる。2010年に帰国し、デザイン事務所である株式会社アンの代表を務める。2013年度グッドデザイン賞受賞。2019年から株式会社マネーフォワードのデザイン戦略グループのリーダーを務める。2020年、CDOに就任。

「採用」を目的に始めた情報発信が、今では暗黙知を形式知にする取り組みへと発展している

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO 伊藤セルジオ大輔さん

―― マネーフォワードのデザイン組織において、情報発信を始めたきっかけや目的を教えてください。

2019年頃、マネーフォワードの事業や組織が拡大する中で新たな仲間を増やしていく必要がありました。しかし、当時のデザイン組織は十数名ほどで、僕たちが考えるデザインやデザイン組織について知っている人はまだまだ少ない状況でした。そこで、まずは自分たちについて伝えることが大事だと考えて、noteの発信を始めることにしたんです。

僕自身もCDOになる前で、業務委託として働いていた頃です。個人としてもnoteを書いたことはなく、イベントの登壇などもまったくしていない状況でした。

―― 情報発信をはじめた一番の目的は「採用」だったのですね。

そうですね。ただ、情報発信をしていく中で気づいたのは、自分たちの考えを言葉にしていくと、これまで暗黙知だったことを形式知にしていけることでした。デザインはどうしても属人化しやすい側面がありますが、デザイナーが自分の考えを言葉にしていくと、再現性のあるものとして自分の中に定着させることができると知りました。

経験した後に言語化して一度振り返り、そこで形になったアイデアを試してまた経験する、という経験学習のようなサイクルが、デザイナーの成長にとって有意義だと感じています。

―― noteでの発信はどのような体制でスタートしたのでしょうか?

当時、十数名いたデザイナーのうち半数ほどの有志で始めました。最初にみんなで決めたのは「励まし合おう」ということだけでした。最初の一歩を踏み出すのが一番勇気がいるんですよね。私自身も「まだ何かを成し遂げたわけでもないのに、外に向かって何かを語っていいのだろうか」という気持ちがありました。でも、自分では何でもないと思っていたことでも、誰かに伝えることによって実は意味が出てくることもあるのだと、後になってわかりました。

最初の頃は何を書いていいかわからないので、みんなでネタ出し大会をしていました。「自分ならこんなテーマのことが書けるかもしれない」「最近こんな経験をした」といったアイデアを出して、「そのネタいいね!」と互いに励まし合います。ほかには、noteのCXOである深津 貴之さんが書いた「noteのはじめかた」という記事をみんなで読みながら勉強会もしましたね。

実際に記事を書いた後はお互いにレビューし合って、「いいね!」と褒めて励まし合ってから、公開していました。

―― 更新頻度などのKPIはありましたか?

更新頻度やいいね数などのKPIは、スタート時から今まで定めていません。

―― KPIがない中で、皆さんが発信を続けられているのはなぜでしょうか。

記事を公開して外部から反応や評価をいただくうちに、情報発信することの意義を感じたからだと思います。例えば、採用面接をすると「noteでこんな記事があったと思うのですが」と話題にしてくれる方が多いです。僕たちの考えを理解した上で面接に臨んでくださっているので、面接の場でのディスカッションも深まります。こういった効果が目に見えて感じられるので、KPIがなかったとしても、仕事の一部になっているような感覚があるのだと思います。

―― 記事を書かれる頻度は、一人あたりどのくらいですか?

自主性に任せていて管理していないのではっきりわかりませんが、月に1本書いている人はいないと思います。僕の場合は最近は年に1、2本くらいですが、他にも外部への発信活動として取材やイベントへの登壇機会をいただくことが増えているので、noteに限らず様々なタッチポイントでの情報発信に注力しています。

―― 書きたいと思ったら申請をする、などのフローはありますか?

特に申請は必要ありません。投稿先はnoteの個人アカウントにしていて、それを「マネーフォワード・デザイン」というマガジンに紐づけています。個人アカウントだと、書いた記事がそれぞれのアセットにもなるのでいいですよね。

ただ、マネーフォワードの一員として発信するので、投稿前に相互レビューをする形を取っています。チャットツールにnoteのチャンネルがあり、そこでやり取りやフィードバックをしています。

こうした自由な運用なので、マガジンの記事のテーマは脈絡がないのですが、さまざまな読者の方がいるので多面的な記事が出るのはむしろいいことだと思っています。

―― 運用方法は、始められた5年前と今とで変わりましたか?

体制としては変わっていないのですが、「今期中にnoteの記事を1本書く」など発信を個人目標に設定する人もいます。この場合、noteの記事は個人の成長と紐づいていて、自分のナレッジをまとめて発信することが目的になっています。

―― 想定外の記事を書く人がいたなど、発信を始めた初期段階で直面した課題はありますか?

そういうことも、あったかもしれないですね…。

デザイン組織に限った話ではないですが、発信で大事にしているのは会社のMVVC(ミッション・ビジョン・バリュー・カルチャー)を軸にすることです。その共通認識をもったメッセージであれば、どんなテーマであれそこまでブレないと思っています。当社がMVVCをとても大事にしていて、社員が共通認識をもっているからこそ、自由度の高い運営ができている面もあるかもしれません。

例えば、当社のバリューである「ユーザーフォーカス」と関連して、「ユーザーを中心にしたデザインプロセスとは何か」というテーマで書くなど、MVVCに紐付けたテーマ設定をしている記事が多く、ある程度書く側も意識していると思います。その他の運用面としては、デザイン組織に限らず会社全体で情報発信に関するガイドラインはあります。

反響のある記事だけを書けばいいわけではない。大事なのは自由に書くこと

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO 伊藤セルジオ大輔さん

―― 現在はnoteの「マネーフォワード・デザイン」というマガジンと、「Money Forward Design」というWebサイトで発信をされています。それぞれの目的の違いを教えてください。

noteは個人アカウントで比較的自由にカジュアルに発信してもらうことを大切にしています。だからこそ、機動力のある発信ができます。ただ、noteだけの発信ではどうしても情報が流れていきがちで、「過去のあの記事を見たい」と思っても辿るのが難しいです。見に来てくれた方にとっても、多様な記事が集まっているため、どの記事から読めばいいか迷う状態になっていたと思います。

そこで、マネーフォワードの今を知ってもらうためにどの記事を読んでもらったらいいのかをわかりやすく整理しようと思い、「Money Forward Design」を2022年につくりました。このサイトは僕たちの考えていることを辿っていけるナビゲーションの役割を果たしていて、最終的にnoteの記事にたどり着くことが多いです。

―― noteの記事で反響が大きかったなど、印象に残っているものはありますか?

いいね数などを集計していないので感覚値になりますが、より多くの方に再現性をお伝えできる記事は反響がいい傾向があります。例えば、僕は「CDOってどんな仕事」という記事を連載で3本書いたのですが、他社さんでも取り入れやすい内容なので反響がよかったです。

ただ、反響を期待できる記事だけを書くのがいいとも考えていません。あくまでも自由に書くことを推奨しています。

―― KPIがないからこそ、気軽に書こうと思える部分もありそうです。

組織として書くことをノルマにしてしまうと、少し窮屈になってしまうと思います。ただ、記事公開数のような目標はありませんが、継続的に僕たちのことを知ってもらうためにも更新頻度は大事です。ちょっと発信の頻度が落ちてきたなと思ったら、お互いに声をかけあうようにしています。

年間でもっとも更新頻度が高くなるのは年末のアドベントカレンダーのときです。11月になるとアドベントカレンダーで書きたい人を募集するのですが、募集後2~3時間で枠が埋まってしまうほど人気です。書きたい人が多いので、1月にお年玉カレンダーなどをやってみてもいいのかなと思っています。

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情報発信を始めるときは「励まし合い」と、みんなを鼓舞する存在が必要

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO 伊藤セルジオ大輔さん

―― 情報発信を始める際に必要な心構えや、準備についてお聞かせください。

まず、励まし合うことは大事ですね。特に立ち上げの時はみんなを鼓舞する励まし役がいることが大事なので、意識的に役割を作るといいです。

企業の事業や組織フェーズによって、どこがレバレッジポイントになるかは違うと思います。僕たちはあまり意識せずにMVVCに立脚して情報発信をしていますが、そのやり方はマネーフォワードにフィットした方法だと思うんです。

環境や条件が違えば、また全然違う情報発信の方法もあると思うので、自分たちにとって大切なことが何かを改めて考えていただくのがいいと思います。

―― 小規模チームがミニマムスタートできる取り組み方はどのようなものがありますか。個人アカウントで発信して、それをマガジンの形で紐づけるというスタートは始めやすいのかなと思いました。

僕たちはそう思ってやっていますが、それが正解なのかはわからないところもあります。マネーフォワードは自律性や個人の活躍を大事にしているので、それが運用方法にも反映されたと思っています。

例えば、複数の人が発信しても会社としてずれないメッセージを伝えていきたいとなれば、ある程度統制をきかせたメッセージングの必要もあると思いますし、カルチャーによってやり方が違ってくるでしょうね。

こうした会社ごとの発信方法の違いについても情報交換ができると、デザイン業界全体としての発信のクオリティが上がることにもつながりますし、さまざまな意見をお聞きしたいと思います。

「もっと成果を出してから語りたい」そんなデザイナーの気持ちはよくわかる

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO 伊藤セルジオ大輔さん

―― CDOとして、情報発信に対してどう取り組まれてきたかお聞かせください。

私のCDOとしての大きな役割のひとつが、対外的な広報活動だと考えています。自分にとってはチャレンジではありましたが、プライオリティ高く取り組んできました。広報活動が組織作りにおいても、デザインを通じて事業価値を高めることにおいても、レバレッジポイントのひとつだと考えていたからです。

取材やイベントの登壇もお声がけいただけるのはありがたいですし、基本的にお応えするスタンスです。僕自身、さまざまな場でお話しする機会があることで、思考の整理が進んでいると感じています。それがマネーフォワードのデザイン戦略を考える場面などでも生きている実感があるんです。

例えば、「ビジネスとデザインはどんな関係性があるのか」というテーマでイベントで話すときに、自分なりのフレームワークを言語化して伝えたとします。すると、その後社内でビジネスとデザインが何かしらのコンフリクトが起きたときに、自分のフレームワークを伝えた上でアドバイスすることもできます。

また、外部イベントでは対談やパネルディスカッションの機会があり、他社さんの考えも吸収できます。すると、自分の考えと他社の考えを掛け合わせたアプローチを考えることができ、社内に持ち帰ることができます。

―― デザイナーが情報発信することの意義をどのようにお考えでしょうか。

デザインは属人的な仕事だと思われがちです。作ったもので勝負の世界というか、「作ったものを見てもらえればわかる」といったコミュニケーションになってしまう傾向があります。もちろん、そういった側面もありますが、裏側にある作り手の考えや意図を伝えることによって、より作ったものに対する意味が深まっていくと思っています。

ただ、デザイナーの皆さんは抵抗感があるだろうなと思うんです。語るよりも作ればいいと思ったり、もっと成果を出してから言葉にしたいと思ったりするんじゃないかと。正直に言えば、僕自身も未だにそう思いながら、歯がゆい想いをしながらやっています。

ただ、これは鶏が先か、卵が先かという話でもあるんですよね。何かを成し遂げなければ語ってはいけないと思いながらも、逆に何かを成し遂げるためには先に語った方がいいのではないかとも思います。そして、成し遂げたと思えるのはどんな状態を指すのか。なかなか答えが出ないところです。

―― 書くことで自身をアップデートするという意味合いでは、今の自分のベストを言語化しておくことにも意味がありそうです。

そうなんですよね。だから、デザイナーの方はプロトタイプ思考で言語化すると考えたらいいと思います。僕たちデザイナーはUIデザインをする際、仮説を試すためにプロトタイプを作って、実際に価値があるかどうかを試しますよね。

それと同じ感覚で、自分の考えをプロトタイピングすると捉えれば、発信がしやすくなるかもしれません。まずは自分の考えを表に出してみて、反応を確かめながらアップデートしていけばいい。

発信する機会があると、自分なりの背景をちゃんと言葉にすることになり、自ら作ったものや考えを再解釈していく機会につながります。すると、作ったものをアップデートする余地が生まれ、アウトプットの質を上げていくこともできるのではないでしょうか。

デザイナーという仕事が大きく変化していくからこそ、さまざまなデザイナーの考えが知りたい

株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCDO 伊藤セルジオ大輔さん

―― デザイン業界全体における情報発信は、今後どのようになっていくと思われますか?

デザインの定義が非常に広がっていて、企業によって捉え方や定義が異なります。だからこそ、発信が大事だと思っています。定義の解釈のバラエティが見えてくることが、デザイン業界全体の発展の一助になると思っているからです。

デザイナーの仕事は、以前は表層や見た目を作ることに時間を使う傾向でしたが、最近ではコンセプト設計やユーザーリサーチなどの前段階に活躍の場が移り変わっています。

今後、本格的にAIの時代になっていくと、インターフェースが常に変化していくものをデザインしていくことになるでしょう。デザイナーがあらゆるものをデザインする人になっていく。すると、デザイナーは改めて何をする人なのかも問われていくんだと思います。

僕自身が結論を持っているわけではないですが、そういった大きな変化の中にあるからこそ、さまざまなデザイナーの考えが知りたいですし、共有していきたいと思っています。

―― 今後のデザイン組織や、情報発信に関する展望をお聞かせください。

次世代デザインリーダーがもっと増えるとうれしいです。積極的にナレッジの支援や自分の考えを形式化して伝えることで、次世代リーダーの育成につながっていけばと思って発信を続けていきたいです。

マネーフォワードのデザイン組織の情報発信としては、あまり肩肘をはらずにデザイン活動の一部として息づくように続けていきたいと思っています。

インタビュー
執筆久保佳那

東京生まれ。新卒でNECシステム建設(現・NECネッツエスアイ)で法人営業を経験後、転職サイトtypeの求人広告制作、マーケティングを経験。株式会社ウェブライダーでオウンドメディア企画、ライティングを経験。2017年7月より独立し、経営者や管理職のインタビュー、書籍のライティングなどを行う。

https://note.com/kubokana/n/n0d153fa434f7

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