サービスデザイン

なぜ「サービスデザイン」は世界で注目されるのか。その意義や先進国の事例をサービスデザイナーに聞いた

なぜ「サービスデザイン」は世界で注目されるのか。その意義や先進国の事例をサービスデザイナーに聞いた

サービスデザインとは、利用者に提供するサービス全体の体験、及びそれを継続的に実現する組織や仕組みをデザインすることを指す。そして、この分野を専門とする人はサービスデザイナーと呼ばれる。

本分野の注目イベントには、17年前から開催されている「サービスデザイングローバルカンファレンス(以下、SDGC)」があり、2024年は10月2日〜4日にサービスデザインのパイオニア、フィンランドの首都ヘルシンキで開催された。2025年は米国テキサス州・ダラスでの開催が決まっている。

同カンファレンスの日程に合わせ、NTTデータ先端技術ではDesign Tour in Helsinki (デザインツアーin ヘルシンキ)を開催。⾏政や企業にサービスデザインの⽂化が深く根付くフィンランドにて、北欧の最新デザイン事情の理解、サービスデザインに対する視野拡大を⽬的に、複数のデザインオフィスを訪れ、ワークショップやディスカッションを実施した。

今回は、同ツアー参加者の報告会に参加すると共に、デザイン会社・コンセントに所属するサービスデザイナーの赤羽太郎氏と川岸亮平氏へのインタビューを実施。サービスデザインの意義や先進国の事例、サービスデザイナーに求められるスキルやマインドセットをひもといていく。

サムネイル写真提供:コンセント

サービスデザイン先進国・フィンランドのデザイン哲学

サービスデザインネットワーク(SDN)が主催しているSDGCは、サービスデザイン分野に携わる世界中の専門家、学者、愛好家が集まる年1回のイベントだ。同分野における知識の共有やネットワーキング、革新的な実践の探求を促進することを目的としており、業界の最新動向、研究、ケーススタディに関する基調講演、ワークショップ、パネルディスカッション、プレゼンテーションが行われる。

フィンランドの首都ヘルシンキにあるヘルシンキ大聖堂(筆者撮影、以下同)

フィンランドの首都ヘルシンキにあるヘルシンキ大聖堂(筆者撮影、以下同)

2024年にSDGCが開催されたフィンランドでは、サービスデザインの哲学が広く浸透している。その発展の道のりには、国の歴史が深く関わっているという。

1917年にロシアから独立して誕生したフィンランドは、創立してから100年程度の歴史の浅い国だ。そうした背景から、国民に「自分が国をつくっていくのだ」という国づくりへ参加する意思が自然と育まれ、それが今日のフィンランドにも根付いている。北欧全域でジェンダー平等も進んでおり、フィンランドは世界で初めて女性の参政権(投票権)を確立した。

こうした出来事が影響し、同国では幅広い人々の声を体験設計に活かしていく「サービスデザイン」の概念が早期から浸透した。世界で初めてサービスデザインの学位が誕生した国であり、今や同分野を含む課程を提供している専門機関が国全土で17機関・33課程(BA~PhD)にものぼる(参照記事)。そのため、非デザイナーの人にまでサービスデザインの概念が知られているそうだ。

ヘルシンキにある図書館「Oodi」は、サービスデザインの哲学が反映された施設の一つだ

ヘルシンキにある図書館「Oodi」は、サービスデザインの哲学が反映された施設の一つだ

フィンランドを含む北欧では、「技術中心」ではなく「人間中心」の哲学をサービス設計の軸としている。近年はさらに発展して、人類同様に地球環境を重要視する「地球中心」というワードも聞かれるようになった。そんな哲学が反映されている実例として、デザインツアー参加者の数名があげたのが、ヘルシンキにある中央図書館「Oodi(オーディ)」だ。

広大なエリアに作業スペースやカフェ、広場などが設計され、あらゆる世代の市民が集う

広大なエリアに作業スペースやカフェ、広場などが設計され、あらゆる世代の市民が集う

クリエイティブな作業を行うためのスタジオや貸し出し物などもそろう

クリエイティブな作業を行うためのスタジオや貸し出し物などもそろう

日本の図書館の枠に収まらない機能を持ち、作業スペースにカフェ、子どもが遊べる広場、さらには3Dプリンターやミシン、楽器、スタジオの貸し出しなども。近年は、自動走行ロボットが館内を走っていることもある。

小さな子どもを連れた家族から学生、お年寄りまで幅広い世代が集い、思い思いの時間を過ごせるように設計されている。筆者はヘルシンキに約1年の長期滞在をした経験があり、当時は頻繁にOodiに通っていた。地元民だけでなく外国人にも開かれた場所で、気分転換や作業に最適だった。

ヘルシンキの市民参加型予算制度も、まさにサービスデザインがカタチになった事例だ(パナソニック コネクト社 松尾朱織氏の登壇資料より)

ヘルシンキの市民参加型予算制度も、まさにサービスデザインがカタチになった事例だ(パナソニック コネクト社 松尾朱織氏の登壇資料より)

また、ヘルシンキ市で採用されている市民参加型予算制度「OmaStadi」も、同国のデザイン哲学が反映された事例といえる。市民の声を市政に生かす仕組みで、2023-2024年は880万ユーロ(約14億円)の予算を割り当て、まちづくりのアイディアを市民から募集した。

その後、集まったアイディアの評価・検証、市民投票、開発などを経て、複数のプロジェクトの実施が決定。その一つが、文化イベントを多く開催しているヘルシンキ東部の街・コントゥラでの文化活動を促進するものだ。「ヘルシンキ首都圏で最もクールで文化的な街」を目指し、住民による文化イベントの実施などを進めていくとしている。

日本のサービスデザイナーに聞く、サービスデザインの意義

続いて、コンセントでサービスデザイナーとして働く赤羽氏、川岸氏に取材した、「サービスデザインの概念や意義」や「サービスデザイナーの役割」をお伝えしたい。実践を通してサービスデザインチームを作り上げてきた経歴を持つ赤羽氏と、イタリアのミラノ工科大学大学院でProduct Service System Design科を修了した川岸氏、バックグラウンドの異なる2人の回答の違いにも注目してほしい。

コンセントのサービスデザイナーであり、サービスデザインネットワーク日本支部の共同代表も務める赤羽太郎氏(コンセント提供、以下同)

コンセントのサービスデザイナーであり、サービスデザインネットワーク日本支部の共同代表も務める赤羽太郎氏(コンセント提供、以下同)

コンセントでサービスデザイナーを務める川岸亮平氏

コンセントでサービスデザイナーを務める川岸亮平氏

サービスデザインの概念については、「サービス全体の体験とそれを継続的に実現する組織や仕組みをデザインすること」とされるが、対象とする範囲があまりに幅広い。それがサービスデザインやサービスデザイナーの理解を難しくしている側面もありそうだ。

「サービスデザインにおける“サービス”は、必ずしも事業としてのサービスではないんです。目の前の人や社会に対して、どんな体験を届けるのかを設計する(サーブする)デザイナーと捉えるのが適切です」(川岸氏)

「職種を定義しづらいのは事実で、企業や行政などで実践的に活用するとしたら別の肩書を用意したほうがわかりやすいかもしれません。実際、組織デザインにフォーカスする人もいれば、社会課題解決へのアクションを中心にデザインする人もいます」(赤羽氏)

サービスデザイナーのスキルセットも広範囲にわたり、アイディアを考案し、それを実現するための一連の取り組みを実践していくスキルが求められる。必ずしもウェブやグラフィックの深いデザインスキルがなければいけないわけではないが、あるに越したことはない。事業開発や組織デザインの知見も必要になる。

2024年12月に開催された「デザインツアーin ヘルシンキ」の報告会に登壇した際の赤羽氏(筆者撮影、以下同)

2024年12月に開催された「デザインツアーin ヘルシンキ」の報告会に登壇した際の赤羽氏(筆者撮影、以下同)

では、サービスデザイン、及びサービスデザイナーを社会に浸透させていく意義は、どこにあるだろうか。

「2つの視点があると思います。1つめは、デザインの可能性を広げられること。サービスデザイナーの役割には企業のビジネス戦略や組織デザインも含まれ、それは組織の上流の業務と言えます。サービスデザイナーが浸透すれば、たとえ新卒などの若手社員でも、そうした役割を担える可能性が生まれます。従来のデザイナーだと、よほど役職が上がらないと上流の業務を担うことは難しいでしょう。

2つめは、世の中の使いづらいサービスを改善できること。サービスデザインの実践によって、ユーザー目線とビジネス目線のバランスが取れた良いカタチに変えていけるだろうと考えます」(赤羽氏)

「私も概ね同様の考えですが、加えるとしたら、デザイナーが本来あるべき姿に近づくだろうという視点です。現状の日本では、『UXデザイナー』『グラフィックデザイナー』など肩書きが細かく区別されていて、その特定範囲に関わるやり方が主流だと思います。それも一つの在り方ですが、社会を豊かにするために自身のアイディアを実現していくのが本来のデザイナーではないかと私は思うんです。それがまさにサービスデザイナーであり、その哲学がデザイナー全体に浸透していくことは価値になるはずです」(川岸氏)

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より良い顧客体験を設計するためにできること

「目の前の人により良い体験を届ける」ことこそサービスデザインの真髄である。では、どうしたら業務において、サービスデザインの哲学を反映できるだろうか。ここからは、報告会での発表と2名へのインタビューを通じて見えた「視点」や「ヒント」を届けたい。

顧客の声を“今よりも”聞く

顧客へのアンケートの実施などは、どの企業も実践していることだが、体験を向上させるには、より顧客の心理に近づくことが重要になる。例えば、毎日顧客の声に触れる。デザイナーだけでなく社員全員に顧客の声を聞いてもらい、顧客像に対する共通認識を持ってプロジェクトを進行するなど。小さなことにも思えるが、案外できていない企業もあるのではないだろうか。

当事者と“共に”デザインする

SDGC2024では、聴覚障害のあるサービスデザイナーが登壇し、自身の経験をもとに「インクルーシブデザインの本質」を手話で伝えた。例えば、聴覚障害者が抱えた困りごとを企業や行政に伝えたいと思ったとき、音声ツールでは難しいため、テキストツールを用意するといった配慮が求められる。

さらに、特別な手袋をはめることで手話を音声として認識する先端技術もあると登壇者が紹介したところ、会場からは驚きと共に拍手が起こった。すると、登壇者はすかさず「本当に評価される技術なのか?」と問いかけた。「会話をするのに、健常者には必要のない手袋を私ははめなければいけないの?」と彼女は訴えたのだ。この主張により、自身が持つバイアスに気づかされた参加者は多かったかもしれない。

インクルーシブデザインを実践するとき、例えば「聴覚障害のあるユーザーのために」と健常者の発想で考えることは少なくない。しかし、自身のバイアスに気づくには、当事者と共に考えることが何よりも重要であると、彼女は伝えたかったのだ。

「デザインツアーin ヘルシンキ」に参加し、報告会に登壇した日立製作所 研究開発グループ ストラテジックデザイン部 デザイナーの高田将吾氏も「当事者との協働」を強調していた

「デザインツアーin ヘルシンキ」に参加し、報告会に登壇した日立製作所 研究開発グループ ストラテジックデザイン部 デザイナーの高田将吾氏も「当事者との協働」を強調していた

〇〇な“メガネ”をかけてみる

体験設計で活用される手法に、「カスタマージャーニーマップ」(顧客が製品やサービスを利用するまでのプロセスを可視化したもの)がある。体験をアップデートする際、普段と異なる視点を取り入れるために、〇〇なメガネをかけてカスタマージャーニーマップを作ってみるという手法がフィンランドの企業などで実践されているそうだ。例えば、現在のサービスを持続可能なサービスに再設計したい場合は、サスティナビリティの3つの観点(環境的、社会的、経済的)で現状のサービスを見直してみると良いだろう。

川岸氏は、自身のnoteでもサービスデザインに関する発信を行っている

川岸氏は、自身のnoteでもサービスデザインに関する発信を行っている

日本においては、現状サービスデザインの深い理解が進んでいないと言える。この先、サービスデザインの哲学が広まり、サービスデザイナーが増えていくと、日本にどんな変化が起こるだろうか。

赤羽氏は、自身の理想も含めた展望として、「持続可能な良いサービスが増えていき、それに比例して、心地よく、やりがいのある働き方ができる企業や組織も増えるのではないか」と回答。

川岸氏は、「さまざまな立場の人が同じ土俵で意見を出し合って合意形成ができるようになり、本質的な議論によりムダが削減されることで、日本全体にゆとりが生まれると思う。一人ひとりが自身の能力や意思を発揮して生きられる豊かな社会に近づいていくのではないか」と答えた。

そうした社会は、日本が国主導で目指している姿であり、多くの人が望む姿とも重なる。一人ひとりのデザイナーがサービスデザインの哲学を持つことで、社会を変える大きな一因になるかもしれない。

サービスデザイン
イベントレポート
執筆小林 香織

「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ転身。2020年に拠点を北欧に移し、デンマークに6ヵ月、フィンランド・ヘルシンキに約1年長期滞在。現地スタートアップやカンファレンスを多数取材する。2022年3月より拠点を東京に戻し、国内トレンドや北欧・欧州のイノベーションなどをテーマに執筆している。

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