インタビュー

メルカリ唯一のUXライターが語る「ブランド体験とわかりやすさをロジカルに追求するUXライティング」

最終更新日:2025.01.22
メルカリ唯一のUXライターが語る「ブランド体験とわかりやすさをロジカルに追求するUXライティング」

近年「UXライター」という肩書きを目にすることが増えたが、実際にUXライターがいる企業はまだ少数。多くの企業では、デザイナーやプロダクトマネージャーが感覚を頼りにUXライティングを担っているのが現状だ。

今回はメルカリ唯一のUXライター・小川洸生さんに、UXライティングで自社らしさを出すコツや、UXライティングガイドライン策定の背景について話を伺った。

今回お話を聞いた方
小川洸生(おがわ・こうせい)さん

大学卒業後、編集プロダクションにて実用書の編集・ライティングに携わる。その後、アパレルECサイトの校正業務に従事。2019年、エディターとしてメルカリに入社。現在はCreativeチームに所属し、UXライターの枠を超えて“言葉”にまつわるプロジェクトに多数参画する。

「言葉でできることは限られている」

編集プロダクションなどで、編集者・ライターとして働いていた小川さんは、2019年エディターとしてメルカリに入社した。当初の仕事は、アプリの使い方や出品の方法を教える「みんなのメルカリ教室」で配布する冊子の編集だった。

UXライターとしてのキャリアがスタートしたのは2022年。1年間の育休から復帰した直後のことだ。

「部門としても『UI/UXの文言を整えていきたい』と課題感を持っていた時期でした。しかしエディターチームの体制が変わり、プロジェクトに参画できるライターがいなかったようです。正直、デザイナーさんから相談を持ちかけられた時、僕はUXライティングのことをよくわかっていなかった(笑)。ただ入社当時にアプリの使い方などの解説を考えていた経験はあったので、『文言を考えればいいんですよね』と、とりあえずお引き受けしました」

現在は、UXデザイナーやプロダクトマネージャーと協業しながら、UI/UX設計に携わっている。具体的なプロセスについて次のように話す。

「デザイナーがFigmaでUIを作成し、仮の文言を入れてくれます。僕はそれに対して修正を提案していきます。ポイントはいくつかあるのですが、特に意識しているのは、難しい言葉や横文字を避けて、年齢や職業に関わらず、誰にでもわかる言葉を選ぶこと。そして口に出した時に違和感がない口語的な表現になっているかです。僕の提案した文言は、最後にプロダクトマネージャーが確認し、問題がなければリリースされます」

過去リリースされた「あんしん鑑定」のライティング事例

過去リリースされた「あんしん鑑定」のライティング事例(https://note.com/mercari_design/n/n9546785136db)

プロジェクトへの参画タイミングは案件により異なるが、大規模なものは上流から関わる。文言を考案するにあたり、全体の設計やコンセプトを理解する必要があるためだ。その際、設計自体にフィードバックすることもあるという。

「常々考えているのは、言葉でできることは限られているということ。どんなに良い文言を使ったとしても、体験が複雑だったらお客さまは使ってくれません。反対に、体験がスムーズなら言葉は最小限で済みます。そのため今後も肩書きに捉われず、体験設計から関わっていきたいと考えています」

「UXライティングガイドライン」策定の目的

小川洸生(おがわ・こうせい)さん

UXライティングについて小川さんは、「お客さまが達成したい目的に対し、明確かつ簡潔な言葉を使って寄り添う仕事」だと話す。

「いわゆる“マニュアルライティング”と呼ばれるものに近いところがありますが、それだけでは不十分です。取扱説明書を読む消費者と、自社のアプリを使ってくれるお客さまとでは、距離感や体験の階層が異なりますよね。お客さまの期待に沿った、適切なトーンでのコミュニケーションが必要だと考えています」

では明確さと簡潔さを保ちながら、どのように“メルカリらしさ”を表現しているのだろう。小川さんは、メルカリが定義する以下の4つのブランドコアに基づき、こう教えてくれた。

メルカリが定義する4つのブランドコア

「この4つのブランドコアは、メルカリの体験を通してお客さまに感じてほしいことです。これらを感じてもらうために、どんなことを意識して、どんなトーンでコミュニケーションをとればいいのだろうと考えてライティングしています。

たとえば『あんしんで頼れる』と感じて欲しい場合、“〜だよ”と言った友達のようにカジュアルな口調は避けて、ですます調で統一します。『使うほどワクワク』では、“〜してください”や“必須項目です”といった命令系のトーンは極力避け、“あと何ステップで完了します”といった、お客さまの動作の後押しをする表現を心がけています。このようにブランドコアに沿った言葉づかいの指針を定めています」

やや抽象的な「ちょっといいことしてる気分のよさ」について、どのように表現するのかを尋ねると、「don't(しないこと)を決めた」という。

「『ちょっといいことしてる気分のよさ』はエコ文脈で使われることが多いのですが、“地球にいいことしてみませんか?”、“まだやっていないんですか?”といった、こちらからの押し付けや同調圧力を感じる言葉は避けようと定義したんです。また“CO2排出が何トン削減されます”のような、抽象度が高くお客さまが身近に感じられないような文言も使いません」

2023年12月、小川さんはこれらをまとめた「UXライティングガイドライン」を策定した。そのきっかけについて、次のように語る。

メルカリのコミュニケーションイメージ

「復帰当初、UXライティングに関わる人材が不足していたので、UXライターの採用を検討しました。しかし、適性の見極めが難しく採用は見送りに。そこで僕が持つ感覚をデザイナーと共有し、ある程度のレベルまで、デザイナー自身でも文言を決められるようにしようという話になったのです。それまでは僕ひとりで意思決定していたので、『なぜこの文言を選定したのか』を見える化する必要がありました。一つひとつの文言のロジックを説明できるようにし、背景にはメルカリのブランディングの観点があることを示せるようにしたかったんです」

ガイドラインの制作にかかった期間は、約半年。「僕自身ガイドラインを制作するまでは感覚でライティングしていたので、言語化することで改めて腑に落ちていく感覚がありました」と振り返る。

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UXライターが目指す「メルカリのこれから」

現在小川さんは、UXライティングのほか、ユーザーへの通知メールの改善、新サービスのネーミング考案など、“言葉”にまつわるさまざまなプロジェクトに携わっている。そのため本人は「UXライターという肩書きには多少違和感がある」と笑う。

小川洸生(おがわ・こうせい)さん

「メルカリには今、『メルペイ』『メルカリShops』などのさまざまなサービスがありますが、それぞれのネーミングやロゴ化する上でのルールがまだ整備しきれていません。そのため会社の規模やサービスが拡大しつつある今、改めて「メルカリとは何なのか」を整理する必要があると思っています。そうしないと、お客さまの中にある『メルカリってこんなサービスだよね』のイメージがフワフワしたままになってしまう。UXライティングでガイドラインを作ったように、ロジックをもってサービス名やロゴを決めることがお客さまへの安心感や信頼感にもつながり、それがメルカリのブランドをつくると考えています。現在はそのルール定義を検討している最中です」

直近では、台湾に住む人が日本で出品された商品を購入することができるサービス「美露可利」のネーミングを考案。「美露可利」に込められた意味を聞いた。

美露可利

「台湾現地では「mercari」の文字を『マーカリー』のように発音するそうなんですが、ブランド名は、どの国でも共通の読み方ができるほうが良いと考えました。さらに海外進出をしている国際的なブランド各社が、本国のニュアンスに近い『読み』つまり『音』をもつ現地の言葉をブランド名にしているケースが多いことを踏まえ、現地のパートナーさんと一緒に、台湾の人が『メルカリ』と読める当て字を選定しました」

「美」「可」「利」は、どのような意味が込められているのかなんとなく想像がつく。しかし「露」にはどんな意味が……?  

「4文字全てに意味を持たせると堅苦しく、真面目で説明的な印象になってしまうんです。だから『露』は発音を重視して選んだ文字です。ただし全く意味がないわけではなくて、露店(お店)のニュアンスを持たせているんですよ。外食が盛んな台湾には露店が多く、お店のイメージをもってもらうには良い漢字だなと。現地の文化や言葉の特性を考えながらサービス名を決めるのは大変でしたが、面白い取り組みでした」

一言一句をロジカルに落とし込む姿勢に余念がない小川さん。現在の仕事のやりがいについて、次のように話す。

「UXライティングは、定量的効果が得られにくい領域です。『この文言を改善して効果を測ります』という施策はほぼなくて、改善するならそもそものUXも変える場合がほとんど。やはりUXライティングは、『UX=体験』のパーツの一つなんですよね。

今僕が注力するべきなのは、お客様とのコミュニケーションや会社のブランディングなどの『数字ではない部分』だと思っています。ガイドラインに定めたように、メルカリらしさを言葉で表現していく。『ブランド』をつくる仕事は未知数なことばかりですが、数字以外の部分を大切にできる今の仕事はやりがいがあって楽しいですね」

インタビュー
UXライティング
執筆白石果林

1989年生まれ、さいたま市在住。法政大学現代福祉学部を卒業後、私立大学やIT企業での勤務を経て、2020年よりフリーライターに。現在はウェブを中心に福祉、教育、旅、地域創生などの分野で取材・執筆を行う。

https://karin-shiraishi.com/

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