
WebデザインやUIデザインに携わっていると、Myriad(ミリアド)という書体を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか?歴史のある書体と比べるとまだ新しいフォントではありますが、その人気の秘密を制作された意図や形の特徴を紹介しながら考察してみます。
Appleのコーポレートフォントにも採用されたMyriad、その制作の意図は?
Myriadは、1992年にAdobeのインハウスのタイプファウンダリであるAdobe Originalsから初めてリリースされました。書体デザイナーのロバート・スリムバックとキャロル・トゥオンブリーによってデザインされ、ヒューマニスト・サンセリフ体に分類される欧文書体です。
Myriadの最大の特徴は、汎用的なニュートラルさであると言えるのではないでしょうか。デザインした2人のデザイナーは、1995年に発行されたAdobe MagazineでMyriadの制作時のことを次のように説明しています。
We wanted to make almost a totally invisible type of letter, just very generic… something that really didn’t show anyone’s personality too much(私たちはほとんど全く目に見えないような、ただ非常に一般的な…誰の個性もあまり表さないような書体を作りたかった)
Know your type: Myriad
また、Myriadをデザインした方法がとても興味深く、2人はそれぞれが作ったデ ザインを交換しながら作業し、そうすることでお互いの強い特徴を取り除いていったのです。その結果、どちらのデザイナーのスタイルも反映することなく、自立した書体を完成させることができました。
そのようにデザインされたMyriadは、どんなコンセプトにも合う柔軟性から、様々な企業のロゴやWebサイトで使用されてきました。中でも最もよく知られているのは、Appleのコーポレートフォントとして採用されていたことではないでしょうか。現在Appleのコーポレートフォントと言えば、製品のシステムフォントでもあるAppleオリジナル書体のSan Franciscoですが、2002年から2017年の間はマーケティングや製品のロゴにMyriadを使用していました。
Frutigerとの違いから見る、Myriadが放つ印象
Myriadと深く関係しているフォントに、Frutiger(フルティガー)があります。というのも、AdobeがFrutigerを倣って制作したのがMyriadと言われているのです。Myriadの制作にFrutigerがどれくらい参考にされたかはわかりませんが、確かに2つの書体はとても類似している部分があります。
Frutigerは、スイスの書体デザイナー・グラフィックデザイナーであるアドリアン・フルティガーによってデザインされ、1976年にリリースされた欧文書体で、Myriadと同じヒューマニスト・サンセリフ体に分類されます。視認性に優れることから空港や公共交通機関の標識によく使われており、身近なところだと、東京メトロや都営地下鉄の駅構内や羽田空港内のサインに欧文表示用書体として使用されています。
Frutigerと同じくMyriadにも視認性に優れるという特徴があります。どちらの書体もカウンター(文字の余白スペース)が広く、そのような書体は遠く離れたところから見たり文字を小さくしても見やすいという性質があるからです。では、FrutigerとMyriadの違いはどのような部分に表れているのでしょうか?2つの書体を比べてみると、Myriadの方が全体的な印象として丸く滑らかであるということがわかります。
上の図では、特に違いが表れている部分を水色で表しました。以下のような細部の違いがあります。
M:縦のストロークについて、Frutigerはベースラインに対して垂直であり、Myriadは斜めに広がっている
Q,R,y:レッグやテール(斜めに伸びるストローク)について、Frutigerに比べてMyriadの方が曲線的
Q,a,e:ターミナル(ストロークの先端)について、Frutigerはベースラインに対して水平または垂直に、Myriadはストロークに対して垂直に(ストロークの流れに沿ってナチュラルに)切られている
i,j:上のドットについて、Frutigerは四角、Myriadは円
MyriadはFrutigerよりわずかに曲線的な要素があり、人間による手書きに近い、温かさや親しみやすさにつながっています。その特徴から、そういったイメージを与えたい企業のコーポレートフォントやWebサイトに多く採用されるのもとても納得ができます。無駄がなく視認性に優れるモダンなイメージと親しみやすさを兼ね備えた、まさに現代のデジタル環境で使用したくなる書体と言えるのではないでしょうか。
Myriadが使用されている ロゴやWebサイト
ECプラットフォーム、ShopifyのロゴにはMyriadのイタリック体が使用されています。あらゆる分野のビジネスをオンラインプラットフォームという形でサポートするShopifyのロゴとして、普遍的なベーシックさと親しみやすさを併せ持つMyriadが使用されるのは、とてもコンセプトに合っているような気がしますね。さらにイタリック体になっていることで、柔らかさが強調されています。
アメリカに本社を置くスーパーマーケットチェーンWalmartのロゴにも、Myriadがベースとして使用されています。こ ちらは”a”の文字に見られるようにストロークの線端、”W”の文字に見られるようにストロークが曲がる部分に丸みが加えられており、この細部の調整によってMyriadが持つ柔らかさや温かみがさらに際立っています。
https://www.ana.co.jp/en/us/
Myriadはロゴの他にも、様々な企業のブランディングやマーケティングのための書体として使用されています。ANAの“Inspiration of JAPAN” というタグラインの書体はMyriadで、さらにANAは英語版のWebサイトの書体としてもMyriadを使用しています。視認性があり読みやすく柔らかい印象のMyriadは、組み合わせるビジュアルや配色によって上品な印象にもなり、様々な国籍や年齢層の顧客を持つ航空会社のイメージとぴったりです。
unprintedのロゴから見る、Myriadのロゴとしての使いやすさ
このサイト、unprintedのロゴタイプもMyriadを使用しています。その理由は、Myriadの何かに染まっていないニュートラルさ、だけど細部に現れている柔らかさが「デジタルデザイナーにとって息抜きできるような、開かれた空間を提供する」ことをコンセプトとするブランドイメージに合っていると考えたからです。さらに、上で紹介した3社のロゴからも見てとれるように、Myriadは色々なスタイルのシンボルマークともバランス良く合わせることができます。どのようなシンボルマークかによって印象が多方向に変化できることも、Myriadをロゴに採用する強みと言えそうです。
Myriadを使用するには?
Myriadを使用したい場合は、Adobe Fontsから「Myriad Pro」をアクティベートできます。幅は4種類、ウェイトは5種類、さらにそれぞれにイタリック体が用意され、なんと全部で40種類のスタイルがあります。さらに良さそうな点は、Adobe Originalsから出ているのでリムーブの心配はなさそうということです。クライアントワークや長期のプロジェクトでも、比較的安心して使用することができそうです。
まとめ
ここまで、Myriadの制作の意図と使用されている事例を紹介しましたが、Myriadの魅力は視認性や汎用性に加えて親しみやすさがある、ということであると言えそうです。デジタル環境で温かみや親しみやすさを表現したい時の、選択肢の1つとして覚えておきたい書体ですね。さらに、Myriadを使用する時は、そのまま使用して優れた視認性とモダンさを活用することはもちろん、特徴がないようにデザインされているからこそ、使い方次第で表情を変えられることも強みです。
You can create many different voices, particularly in the width, that really change the character of the face quite a bit.(特に横幅を 変えたりすることで、様々な表現を作ることができ、文字の性格を大きく変えることができる)
Know your type: Myriad
と、Myriadを制作したデザイナーの2人も語っています。
参考文献
Know your type: Myriad『IDSGN』(最終閲覧日2024年1月8日)
個人で活動しているビジュアルデザイナーです。7年間ファッション業界で空間デザインとグラフィックデザインに携わったのち、現在はアプリやWebサービスのデザイン、ブランディングをメインに行っています。
https://www.sachikonakayama.com/